私の歩んだ道―ノーベル化学賞の発想 4022597704 朝日新聞社
■Amazonエディターレビュー 2000年度のノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士が、受賞後に朝日新聞に寄せた随筆「化学と私」(2000年11月1日)と、高分子学会・朝日新聞社主催の受賞記念講演と鼎談の記録を収めた本である。タイトルは記念講演の演題「私の歩んだ道」による。 2000年10月10日の夜、「ある通信社」からノーベル賞受賞の第一報を受けたとき、真っ先に覚えたのは、うれしさより「これは困ったことになった」という困惑だった(本書「あとがき」)。「大学教官(筑波大学教授)を退官し、これからは静かな生活を楽しもうと思っていた矢先」なのに、大騒ぎに巻き込まれるのが目に見えていたからだと言う。記念講演後の鼎談でも、「これからやりたいこと、夢を教えてください」という司会者の最後の質問に「できるだけ公の職から退くこと、それが私の夢です」と答えている。ノーベル賞受賞学者として華やいだ表舞台に立ち続けるよりは、静かな環境で自分の好きなことをやっていたい、という科学者らしい発想が如実にあらわれた言葉である。 幼年時代の記憶は、山にわけ入って虫や鳥の動きを「飽かずに眺めていた」ことだった。何事も「飽かずに眺める」少年だったようである。昔の少年の常として、家事の手伝いをよくさせられたが、ご飯炊きや風呂焚きの火の番をしているときも、炎の色を「飽かずに眺めていた」と随筆「化学と私」に書いている。 中学校の卒業記念文集所載の作文「将来の希望」に「現在できているプラスチックを研究して、今までのプラスチックの欠点を取りのぞいたり、色々新しいプラスチックを作り出したい」と書いていたことが、ノーベル賞受賞を伝える朝刊各紙で紹介されたが、博士は「この一念が通って、ノーベル賞につながったという趣旨で紹介されたことはありがたいが、ほんとうは、そうではないのです」と、てれくさげに言っている。しかし、子どものころから、自然に親しみ、物事をよく観察したことが、化学への道を開いていったことは確かのようである。それは「最近は、なぜ好奇心が育たないのか」という博士の問題提起(記念講演)に明らかである。(伊藤延司) |